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なぜ大麦は発芽しなければウイスキーになれないのか。そしてフロアモルティングは本当に風味を変えるのか――蒸留士の視点から読み解く製麦工程 著者 David Hsieh 丹丘蒸留所 主任蒸留士(Master Distiller) ポッドキャスト『Whisky for Pros』ホスト 本記事はポッドキャスト『Whisky…

なぜ大麦は発芽しなければウイスキーになれないのか。そしてフロアモルティングは本当に風味を変えるのか――蒸留士の視点から読み解く製麦工程
著者 David Hsieh 丹丘蒸留所 主任蒸留士(Master Distiller) ポッドキャスト『Whisky for Pros』ホスト
本記事はポッドキャスト『Whisky for Pros』EP3〈Sprouted〉(2023年2月、スコットランドにて収録)をもとに再構成したものです。
ウイスキーの原料は大麦です。しかし、蒸留所に届くのは畑から収穫されたままの大麦ではありません。製麦(モルティング)を経た大麦です。
実のところ、大麦をそのままの状態で使用することはできませんーーその理由は、大麦の穀粒の内側に隠されている仕組みにあります。
第一の理由は「酵素」。生の大麦に含まれるデンプンは、そのままではアルコール発酵させることができません。まずは発酵可能な「糖」に変換する必要があります。その変換を担うのが、大麦自身が発芽を始める際に自ら放出する「糖化酵素(Diastatic Enzymes)」です。この意味において、製麦とは、眠っている酵素を意図的に目覚めさせる工程だと言えます。
第二の理由は、あまり語られることがありませんが、同じくらい重要なものです。 発芽が始まると、もう一つの酵素群「タンパク質分解酵素(Proteolytic Enzymes)」も活性化します。これらの酵素は穀粒の細胞壁に働きかけます。これにより、ガラスのように硬かった大麦の麦粒(barley kernel)は、もろく砕けやすい状態となり、糖化(マッシング)に適した状態のグリストへと粉砕できるようになります。この構造的な変化がなければ、粉砕も糖化も最初の段階で行き詰まってしまうでしょう。
収穫された大麦は、長期保存のために水分含有率約12%の状態で保管されています。しかし発芽を開始するには、その水分含有率を約45〜46%まで引き上げなければなりません。この工程を「浸麦」と呼びます。
最も古い方法では、大麦を入れた袋を川へ沈めていました。けれども、これでは発芽率は約50%程度にしかなりませんでした。大麦は呼吸しています。水の中に浸されたままの状態が続くと、穀粒はエタノール、乳酸、二酸化炭素を生成し、自らを窒息させてしまうのです。 そのため現代の製麦工場では、「浸漬→排水→再浸漬」を繰り返します。全体でおよそ40〜50時間をかけて、段階的に水を吸収させながら、その間に代謝によって生じたガスを逃していくのです。
発芽工程に入ると、製麦担当者は3つの要素を同時に管理しなければなりません。 まず水分含有率。それは45〜46%に維持する必要があります。50%を超えると穀粒は溺れてしまいます。 次に温度。20℃未満に保たなければなりません。これを超えると発芽が不均一になり、微生物による汚染も発生しやすくなります。 そして換気です。発芽は発熱反応であるため、熱を逃がさなければ局所的な高温部分が発生してしまいます。
最初の製麦方法は「フロアモルティング」でした。浸漬を終えた大麦を製麦棟の床に約15センチの厚さで広げ、数時間ごとにシャベルで切り返します。これは熱を逃がし、根が絡み合うのを防ぐためです。この作業は非常に重労働でした。常に同じ側から体を使って切り返していたため、肩を痛めることもありました。「モンキーショルダー(Monkey Shoulder)」という呼び名は、この肩の障害に由来しています。
その後、ガラン(Galland)というフランス人が別の方式を考案しました。冷却水を通す金属製の長い槽と強制換気設備を組み合わせることで、熱の放散と切り返しの問題を同時に解決。さらに彼の弟子であるサラディン(Saladin)は、このアイデアを発展させ、槽に沿って移動する機械式アームを取り付け、穀粒層を自動で切り返せるようにしたのです。こうしてサラディン方式が誕生しました。
その後、製麦設備は長方形の槽から「円形発芽槽」へと発展していきます。円形発芽槽では、中央の回転軸から伸びた切り返しレーキ(熊手状の攪拌装置)が穀粒層を自動的に切り返します。さらに発展したのが「ドラム式発芽装置」。直径数メートルの金属製ドラムがゆっくり回転し、その内部で穀粒が転がります。換気設備によって装置全体の温度も管理されます。
現在の大規模な製麦工場では、主に円形発芽槽とドラム式発芽装置が採用されています。
現在、多くのスコッチ蒸留所は、専門の麦芽製造業者(モルスター)から麦芽を購入しています。ベアーズ(Bairds)、クリスプ(Crisp)、シンプソンズ(Simpsons)などはその代表例です。けれども、ごく少数の蒸留所はいまも自社のフロアモルティング設備を維持しています。スプリングバンク、ボウモア、ハイランドパーク、ラフロイグ、キルホーマンなどです。これらの蒸留所が、いずれもピーテッドウイスキーで知られていることは、おそらく偶然ではないでしょう。
蒸留家の視点から見ると、この問いには率直に答えるべきでしょう。
フロアモルティング、サラディン方式、ドラム方式の違いは、最終的なウイスキーの風味として識別できるのでしょうか?
実際には、その差はごくわずかです。最終的な麦芽の品質を決定するのは、主として品種、含水率の推移、発芽の均一性、そして焙燥時の条件です。
穀粒層の切り返し方法が品質に与える影響は、それらに比べればはるかに小さいと言えます。 フロアモルティングが今日まで残っているのは、測定可能なほど異なるウイスキーを生み出すからではありません。むしろそれは、蒸留文化の一部を受け継ぐためです。そこには、よりゆっくりとした、人の手による仕事のリズムへの敬意が込められています。何らかの風味を与えるからではないのです。
言い換えれば、ラベルに「伝統的なフロアモルティング」と記されていたなら、それは伝統的な製法が受け継がれていることを意味します。しかし、必ずしも伝統的な風味が受け継がれていることを意味するわけではありません。
著者について
David Hsieh、丹丘蒸留所(Tankyu Distillery)主任蒸留士。これまでスコットランドの複数のウイスキー蒸留所で蒸留士を務める。ヘリオット・ワット大学(Heriot-Watt University)で醸造・蒸留学修士(MSc Brewing and Distilling)を取得。ウイスキー・ポッドキャスト『Whisky for Pros』のホストおよびプロデューサー。同番組は台湾No.1のウイスキー・ポッドキャストです。
丹丘蒸留所について
丹丘蒸留所は、北海道上川郡東川町にある、全国でも珍しい公設民営クラフト蒸留所です。2020年に設立され、大雪山の清冽な湧水を使用し、シングルモルトウイスキーとクラフトジンを製造しています。東川町は北海道で唯一、上水道のない自治体であり、その水の純度の高さを物語っています。詳しくは tankyudistillery.jp をご覧ください。
出典
『Whisky for Pros』ポッドキャスト EP3〈Sprouted〉、2023年2月、スコットランドにて収録。ポッドキャスト本編:youtu.be/j_VzIgkJVHc
スコッチシングルモルトを支える4つの物理的事実——デンプン、ハスク(麦殻)、酵素から、一枚の納品書とPSYという数字まで——蒸留士が原料を選ぶ本当の理由とは。 著者 David Hsieh 丹丘蒸留所 主任蒸留士(Master Distiller) ポッドキャスト『Whisky for Pros』ホスト…

スコッチシングルモルトを支える4つの物理的事実——デンプン、ハスク(麦殻)、酵素から、一枚の納品書とPSYという数字まで——蒸留士が原料を選ぶ本当の理由とは。
著者 David Hsieh 丹丘蒸留所 主任蒸留士(Master Distiller) ポッドキャスト『Whisky for Pros』ホスト
本記事はポッドキャスト『Whisky for Pros』 EP2〈大麦であって、小麦ではない!〉(2023年2月、スコットランドにて収録)をもとに再構成したものです。
ウイスキーの原料として、なぜ大麦が使われるのか。この問いは、しばしば説明の必要すらないものとして扱われます。「スコットランドでは何世紀にもわたって大麦が使われてきた。その伝統が今日まで続いているだけだ。」そんな説明を耳にすることもあるでしょう。
しかし蒸留士の視点から見ると、その話はそれほどロマンチックではありません。実際には、もっと興味深い話なのです。
大麦がスコッチシングルモルトの中心にあるのは、他の一般的な穀物にはない4つの優れた利点を同時に備えているからです。
「スコッチシングルモルトウイスキー」という言葉は、4つの単語すべてに明確な定義があります。
まず「スコッチ」とは、スコットランドで蒸留され、さらにスコットランドで最低3年以上熟成されたスピリッツであることを意味します。
「シングル」は、穀物の品種やヴィンテージを指すのではなく、単一の蒸留所で造られたことを意味します。
そして最も重要なのが「モルト」です。原料は100%大麦麦芽でなければならず、蒸留は銅製のポットスチルを用い、バッチ蒸留で行わなければなりません。
たとえ原料が大麦であったとしても、連続式蒸留器やハイブリッド蒸留器を使用した場合、法律上はシングルグレーンウイスキー(Single Grain Whisky)と表示しなければなりません。
つまり「シングルモルト」という呼称は、原料・設備・製法という3つの条件によって成り立っています。
そこで、ひとつの素朴な疑問が浮かびます。蒸留士が選ぶことができるさまざまな穀物の中で、なぜ大麦なのでしょうか?
蒸留所の現場から見れば、スコッチウイスキーの主原料が大麦である理由は、伝統よりもむしろ物理的な特性にあります。
大麦は、次の4つの条件を同時に満たしているのです。
第一に、デンプン含有量が高いこと。大麦のデンプン含有量はおよそ58〜65%で、小麦やオーツ麦を上回ります。デンプンは糖化の原料であり、デンプンが多いほど多くの糖を得ることができるため、最終的に蒸留できるアルコール量も増えます。
第二に、ハスク(麦殻)が天然のろ過層として機能すること。大麦を粉砕して糖化すると、ハスクはマッシュタンの底に沈み、自然なフィルター層を形成します。この層によって麦汁は澄んだ状態で流れ出し、後工程の配管を詰まらせることもありません。もしハスクがなければ、糖化工程そのものがはるかに扱いにくいものになります。
第三に、糊化温度が低いこと。大麦のデンプンはおよそ60〜70℃で糊化します。この温度帯は、一般的なマッシュタンで使用される温水の範囲内です。一方、トウモロコシや米は90〜100℃程度で糊化するため、糖化工程に入る前に高温・高圧で加熱処理しなければなりません。
第四に、大麦麦芽は豊富な酵素を自ら持っていること。麦芽化された大麦には、自身のデンプンを発酵可能な糖へ変えるだけでなく、他の穀物のデンプンまで糖化できるだけの酵素が含まれています。
たとえば一般的なグレーンウイスキーのレシピでは、トウモロコシ 50%、小麦 30%、大麦麦芽 20%という構成になることがあります。
そして、その20%の大麦麦芽だけで、全体を糖化させるのに十分な酵素を供給しているのです。言い換えれば、大麦を取り除けば、システム全体はその化学的な鍵を失ってしまいます。
── 一枚の納品書とPSYという数字
実際に蒸留所に入ってみると、麦芽の選定は「テロワール」や「品種」といった言葉から想像されるほどロマンチックなものではありません。
現実には、大多数のスコットランドの蒸留所は自ら大麦を製麦しているわけではなく、専門のモルティング会社から製麦済みの麦芽を購入しています。そのため、蒸留所の受け入れ口に届くのは、多くの場合、品種名と数量が記載された一枚の納品書。それ以外の情報はほとんどありません。
そして実際に購入判断を左右するのは、PSY(Predicted Spirit Yield/予測アルコール収量)と呼ばれる数値です。
これは一般に、「大麦1トンから何リットルの純アルコールが得られるか」を示す指標で、LPA/t(Litres of Pure Alcohol per tonne)で表されます。現代のスコットランド蒸留所において、一つの目安となるのは400LPA/tです。
現在主流となっているコンチェルト(Concerto)やローリエイト(Laureate)といった品種は、安定して420LPA/tを超えています。反対に、PSYが基準に達しない品種は、どれほど名の知られた品種であっても、大規模な蒸留所の原料として採用されることはほとんどありません。
古い大麦品種のなかで、最もよく名前が挙がるものの一つがゴールデンプロミス(Golden Promise)です。1960年代から1980年代にかけて、スコットランドで広く使われていた代表的な品種です。そのアルコール収量は1トンあたりおよそ350〜370LPA。現在の基準から見れば決して高い数字ではありません。
しかし、その歴史的な存在感は大きく、近年では「復刻」や「テロワール」を掲げて契約栽培を行い、この品種を再び使用する小規模蒸留所も現れています。
ただし蒸留士の立場から見ると、「昔の品種を使えば、昔の風味が戻る」という考え方については、もう少し慎重に考える必要があります。かつてのウイスキーの風味は、大麦だけで決まっていたわけではありません。
酵母の種類。蒸留器の形状。樽の由来。熟成中の気候。こうした要素は、この数十年の間にすべて変化しています。
たとえゴールデンプロミスを当時と同じように栽培したとしても、そこから生まれるスピリッツが1970年代のウイスキーそのものの味になる可能性は極めて低いでしょう。
言い換えれば、穀物はより大きなシステムを構成する、一つの変数に過ぎないのです。
では、こうした古い品種を研究することに意味はあるのでしょうか?
私は、意味はあると思います。ただし、その価値は別のところにあります。
古い品種が主流の座から退いた理由の多くは、その弱さにありました。病害への耐性が低い、収量が安定しない、天候の影響を受けやすい。そうした理由から、より生産性の高い新しい品種へと置き換えられていったのです。
しかし近年、気候変動や大規模な単一栽培が進むなかで、農業研究者たちは再びこうした古い品種に注目し始めています。
なぜなら、それらの品種は何世紀にもわたり、干ばつ、湿潤な環境、寒冷な気候、病害といった条件にさらされながら生き残ってきたからです。
その過程で獲得した適応能力は、現代の育種にとって有用な資源になり得ます。
ゴールデンプロミス(Golden Promise)や、さらに古いシュヴァリエ(Chevalier)のような品種を振り返るとき、本当に価値があるのは、かつての風味を再現することではないのかもしれません。むしろ、その遺伝子そのものにこそ価値があるのです。
つまり、未来の大麦をより安定させ、より過酷な気候に耐えられるようにする。そうした特性を見つけ出すことこそが、これらの古い品種を研究する本当の意義なのではないでしょうか。
時間を主要な原料として扱う産業にとって、長い視点で見るべき方向とは、きっとそこにあるのだと思います。
著者について
David Hsieh、丹丘蒸留所(Tankyu Distillery)主任蒸留士。これまでスコットランドの複数のウイスキー蒸留所で蒸留士を務める。ヘリオット・ワット大学(Heriot-Watt University)で醸造・蒸留学修士(MSc Brewing and Distilling)を取得。ウイスキー・ポッドキャスト『Whisky for Pros』のホストおよびプロデューサー。同番組は台湾No.1のウイスキー・ポッドキャストです。
丹丘蒸留所について
丹丘蒸留所は、北海道上川郡東川町にある、全国でも珍しい公設民営クラフト蒸留所です。2020年に設立され、大雪山の清冽な湧水を使用し、シングルモルトウイスキーとクラフトジンを製造しています。東川町は北海道で唯一、上水道のない自治体であり、その水の純度の高さを物語っています。詳しくは tankyudistillery.jp をご覧ください。
出典
『Whisky for Pros』ポッドキャスト EP2〈大麦であって、小麦ではない!〉、2023年2月、スコットランドにて収録。ポッドキャスト本編:youtu.be/yeC6Vm0r-6o

オークの樹種、樽の分類、そしてシェリー樽の背景にあるスペインの輸出禁止措置まで—— ウイスキーの風味の半分以上を決める「器」である"樽"について、読み解きます。 著者 David Hsieh 丹丘蒸留所 主任蒸留士(Master Distiller) ポッドキャスト『Whisky for Pros』ホスト…

オークの樹種、樽の分類、そしてシェリー樽の背景にあるスペインの輸出禁止措置まで—— ウイスキーの風味の半分以上を決める「器」である"樽"について、読み解きます。
著者 David Hsieh 丹丘蒸留所 主任蒸留士(Master Distiller) ポッドキャスト『Whisky for Pros』ホスト
本記事はポッドキャスト『Whisky for Pros』 EP1〈50%+50%=200%?樽の話〉(2023年1月、スコットランドにて収録) をもとに再構成したものです
ISSUE NO. 01 創刊号 | 著者の言葉
読者のみなさま、こんにちは。
丹丘蒸留所の主任蒸留士、デイビッド・シェイ(David Hsieh)と申します。 私はこれまで数年間、スコットランドのウイスキー蒸留所で蒸留士として働き、ポッドキャスト『Whisky for Pros』を通じて、蒸留所の現場で見てきたことや学びをリスナーのみなさまと共有してきました。2025年より、日本・北海道の丹丘蒸留所に加わり、ウイスキーづくりの旅を続けています。 本記事より、私は丹丘蒸留所の「マスター・ディスティラー・ブログ」を執筆することになりました。このブログでは、蒸留士の視点から、ウイスキーの歴史や製造工程、業界の現状、そして実際に蒸留所に身を置いているからこそ見えてくる細かな話をお届けしていきます。 さて、第1号へようこそ。 今回は、ウイスキーの味わいの半分以上を決定づける樽、オーク樽から始めたいと思います。
ウイスキーの風味の由来について、業界で広く知られている考え方があります。シングルモルトウイスキーの風味の約50〜80%は、オーク樽と原酒との長期にわたる相互作用によって生まれる、というものです。 もちろん、原料、酵母、蒸留工程はいずれも極めて重要です。 しかし、ウイスキーの最終的な個性を決定づけるのは、その後に続く樽の中での長い熟成です。 同じニューメイクスピリッツ(熟成前の原酒)を異なる樽に詰めれば、最終的にはまったく別物のウイスキーのように感じられることもあります。ただし、「オーク樽」と言っても、ひとくくりに語れるものではありません。樹種、産地、そしてその樽がどのような履歴を持つのか——その背景には、複雑に結びついた業界のサプライチェーンがあります。
ウイスキー樽に使われる代表的な木材は3種類あり、樹種、産地、成長サイクルの違いによって、それぞれ独自の風味の個性をウイスキーに与えます。
アメリカン・ホワイトオーク(Quercus alba)は、主にアメリカのテネシー州やミシシッピ州、そのほかの米国各州で生育しています。寒暖差の大きい環境で比較的早く成長し、およそ30年ほどで伐採可能になります。木目はまっすぐで加工しやすく、組織が緻密なため液漏れしにくいという特徴があり、樽製造における主力材となっています。スコッチウイスキー業界で使用されるバーボン樽の90%以上は、この樹種から作られています。
ヨーロピアン・オークは主に2種類あります。ひとつはハンガリーを主な産地とするセシルオーク(Quercus petraea)、もうひとつはスペインやフランスを主な産地とするコモンオーク(Quercus robur) です。後者は、シェリー樽の製造において中心となる木材です。 ヨーロピアン・オークは成長が遅く、伐採できるまでに70〜100年はかかるため、アメリカン・オークに比べると収量も大幅に少なくなります。タンニン含有量が高く、ラクトン含有量が低いため、よりスパイシーで、重厚な骨格を持つ風味をウイスキーにもたらします。
日本のオークは モンゴリナラ(Quercus mongolica)とミズナラ(Quercus crispula)が中心で、後者がウイスキー愛好家にお馴染みの「ミズナラ」(水楢) です。ジャパニーズ・オークは産出量が少なく、成長も遅く、ヨーロピアン・オークと同様、伐採可能になるまで70年から100年を要します。木質は脆く加工も難しいのですが、その独特の香気ゆえに大変貴重な存在とされ、希少な樽材として位置付けられています。
アメリカの法規では、バーボンウイスキー(Bourbon)は新品のオーク樽で熟成させなければならないと定められています。また、一度使用したオーク樽は、バーボンの製造に再利用することができません。 こうした"バーボンの熟成に使われた樽"が、スコッチウイスキーの熟成の主力となり、現在では全体のおよそ90%から95%を占めています。
バーボン樽は、アメリカン・スタンダード・バレル (American Standard Barrel、約200L) の形のままでスコットランドへ運ばれる場合もあれば、一度、板材(staves)の状態に分解して輸送し、到着後に現地で、より大きなホグスヘッド(Hogshead/約220〜250L) として組み直されることもあります。
また、バーボンに限らず、テネシーウイスキー(Tennessee Whiskey)をはじめとする他のアメリカンウイスキーで使用された樽も、熟成用として市場に供給されています。こうした樽は、ラベル上ではより広い分類として「アメリカンオーク(American Oak)」と表記されることもあります。
「シェリー樽熟成ウイスキー」と聞くと、「かつてシェリー酒の熟成に使われていた樽」を思い浮かべるかもしれません。しかし、実際はそれほど単純ではありません。
かつてイギリスでは、シェリー酒の消費量が非常に多く、スペイン・ヘレス(Jerez)地方のボデガ(酒蔵)では、およそ500Lの輸送用樽にシェリー酒を詰め、そのままイギリスへ出荷していました。イギリスで瓶詰めが終わると、それらの空樽はスコットランドの蒸留所に引き取られ、ウイスキーの熟成樽として再利用されていました。これが、いわゆる「シェリー樽ウイスキー」の始まりです。
ところが、およそ50〜60年前、スペイン政府が樽単位でのシェリー酒輸出を禁止したことで、この供給網は一夜にして途絶えました。そこでウイスキー業界は別の方法を取りました。スペインのボデガに対し、ウイスキー向けのオーク樽を特注するようになったのです。
こうした樽には、まず、シェリー酒を詰め、数か月から数年寝かせた後、中身を抜いて空樽の状態でスコットランドへ送ります。現在、スコッチウイスキーで使われているシェリー樽のほぼすべてが、この方法で作られています。
つまり、現代の「シェリー樽」の供給網は、かつての"輸送後に再利用された樽"から、"ウイスキーのために設計された特注樽"へと変化したのです。それぞれが、その時代の業界事情を反映しています。 今では、多くのスペインのボデガにとって、ウイスキー向けの樽の製造による収益が、瓶詰めシェリー酒の販売収益を上回るともいわれています。なお、実際にシェリー酒の熟成に使用された樽は、一般に「ボデガ・カスク(Bodega Cask)」と呼ばれます。
シェリーの種類によって、樽がもたらす風味も異なります。代表的なものとしてフィノ(Fino)、マンサニージャ(Manzanilla)、アモンティリャード(Amontillado)、オロロソ(Oloroso)、パロ・コルタド(Palo Cortado)、ペドロ・ヒメネス(Pedro Ximénez)、モスカテル(Moscatel)などがあります。
このなかでも、酸化熟成による重厚な個性を持ち、ウイスキーとの相性が特に良いオロロソ(Oloroso)樽が特に多く、スコットランドで使われるシェリー樽の約95%を占めています。
オーク樽は、その使用履歴によってさらに分類されます。ファーストフィル樽 (First-fill cask)は、風味成分を力強く放出し、濃厚な木の個性をウイスキーに与えます。まるで原酒が濃縮された木のエッセンスの中で熟成しているかのようです。 一方、リフィル樽(Refill cask) は、前回の熟成で多くの風味成分をすでに放出しているため、残された成分は少なく、ゆっくりと時間をかけた長期熟成に向いています。これはティーバッグに似ています。2煎目、3煎目になるほど、十分な風味を引き出すにはより長い時間が必要になります。
樽が2〜3回使用されて風味が弱くなった場合、内側を削り、再度トースト(加熱処理)することで、リジュビネーテッド樽(Rejuvenated) として再生できます。いわば、オークにもう一度活力を与えるような工程です。 すでに複数回使用された樽を削り、トーストし、再炭化して「STR樽(Shaved, Toasted, Re-charred)」を作ると、ニューメイクにワイン樽由来の果実の風味を急速に重ねていくことができます。台湾のカバラン蒸留所(Kavalan) は、このタイプの樽を使用していることで広く知られています。
近年広く使われるようになったカスクフィニッシュ(Cask Finishing)とは、主な熟成を終えたウイスキーを別の種類の樽へ移し、比較的短期間で新たな風味の層を加える手法です。
フィニッシングは、数か月という短い期間で明確な個性を加えることができ、同じ樽でフルマチュレーション(全期間熟成)を行うよりもコストを抑えられるため、蒸留所にとって風味設計やブレンドの自由度を大きく広げました。
もちろん、長期間ひとつの樽でじっくり熟成させる方法と比較すると、それぞれのアプローチには個性があり、考え方も大きく異なります。
これらは、ウイスキーの風味を設計する上での、2つの異なるルートと言えるでしょう。
オーク樽はもはや、単にスピリッツを貯蔵するための容器ではありません。
オークの樹種から樽の経歴、産地、そして変化し続けるサプライチェーンに至るまで、それぞれの要素が互いに絡み合い、その積み重ねが、やがてグラスの中で静かに形を成すのです。
著者について
David Hsieh、丹丘蒸留所(Tankyu Distillery)主任蒸留士。これまでスコットランドの複数のウイスキー蒸留所で蒸留士を務める。ヘリオット・ワット大学(Heriot-Watt University)で醸造・蒸留学修士(MSc Brewing and Distilling)を取得。ウイスキー・ポッドキャスト『Whisky for Pros』のホストおよびプロデューサー。同番組は台湾No.1のウイスキー・ポッドキャストです。
丹丘蒸留所について
丹丘蒸留所は、北海道上川郡東川町にある、全国でも珍しい公設民営クラフト蒸留所です。2020年に設立され、大雪山の清冽な湧水を使用し、シングルモルトウイスキーとクラフトジンを製造しています。東川町は北海道で唯一、上水道のない自治体であり、その水の純度の高さを物語っています。詳しくは tankyudistillery.jp をご覧ください。
出典
『Whisky for Pros』ポッドキャスト EP1〈50%+50%=200%?樽の話〉、2023年1月、スコットランドにて収録。 ポッドキャスト本編:youtu.be/28mr2CI7t9Y
平素より丹丘蒸留所をご愛顧いただき、誠にありがとうございます。 このたび、丹丘蒸留所の「雪の窓 ドライジン」が、東京ウイスキー&スピリッツコンペティション2026(TWSC 2026)におきまして、金賞を受賞いたしましたことを、謹んでご報告申し上げます。…

平素より丹丘蒸留所をご愛顧いただき、誠にありがとうございます。
このたび、丹丘蒸留所の「雪の窓 ドライジン」が、**東京ウイスキー&スピリッツコンペティション2026(TWSC 2026)**におきまして、金賞を受賞いたしましたことを、謹んでご報告申し上げます。
私たちの蒸留所は、昨年8月に正式に開業いたしました。月日の流れは早く、開業から早くも10か月が経ちました。デビュー作である「雪の窓 ドライジン」が、このような栄誉ある評価をいただけましたこと、スタッフ一同、心より光栄に感じております。
「雪の窓」は、ジュニパー、米麹、トドマツ、柚子、ラベンダーなど14種類のボタニカルを、大雪山旭岳の伏流水とともに蒸留した、北海道・東川町生まれのドライジンです。
最後になりましたが、東川町の皆さま、そして開業以来、丹丘蒸留所を支えてくださったすべての皆さまに、心より御礼申し上げます。今回の受賞は、私たちにとって大きな意味を持つ一歩です。これからも、皆さまに喜んでいただけるスピリッツづくりに励んでまいります。
丹丘蒸留所株式会社
平素より丹丘蒸留所をご愛顧いただき、誠にありがとうございます。 このたびは、弊社公式ウェブサイトおよびオンラインストアが一時的にご利用いただけない状態となり、お客様には多大なるご不便とご迷惑をおかけしましたこと、心よりお詫び申し上げます。 過去 5…

平素より丹丘蒸留所をご愛顧いただき、誠にありがとうございます。
このたびは、弊社公式ウェブサイトおよびオンラインストアが一時的にご利用いただけない状態となり、お客様には多大なるご不便とご迷惑をおかけしましたこと、心よりお詫び申し上げます。
過去 5 日間、復旧に向けて対応を続けてまいりましたが、このたび公式ウェブサイトおよびオンラインストアが再びご利用いただける状態となりましたので、お知らせいたします。
ささやかではございますが、お詫びの気持ちとして、2026 年 5 月 30 日までの 3 日間、すべてのご注文にご利用いただける ¥200 割引クーポンをご用意いたしました。
クーポンコード: May2026
割引額: ¥200
有効期限: 2026 年 5 月 30 日まで
ご利用先: shop.tankyudistillery.jp
このたびは、復旧までお待ちいただき、誠にありがとうございました。今後とも丹丘蒸留所を何卒よろしくお願い申し上げます。
丹丘蒸留所株式会社
本日 2026 年 5 月 11 日(月)、丹丘蒸留所として初となるシングルモルトウイスキーのニューポット「シングルモルト ニューポット 2026」を、国内 1,500 本限定で発売いたします。120 ml / アルコール分 63 度 / 2,970 円(税込)。公式オンラインショップで購入する → ニューポットとは…

本日 2026 年 5 月 11 日(月)、丹丘蒸留所として初となるシングルモルトウイスキーのニューポット「シングルモルト ニューポット 2026」を、国内 1,500 本限定で発売いたします。120 ml / アルコール分 63 度 / 2,970 円(税込)。公式オンラインショップで購入する →
ニューポットとは、樽熟成を経る前のウイスキー原酒のこと。蒸留器から流れ出たままの、最も純粋な姿です。原料・水・発酵・蒸留に込めた蒸留所の哲学が、何にも覆い隠されることなく、そのまま味わいに映し出されます。
本商品は、将来リリース予定の丹丘シングルモルトウイスキーへと続く「序章」。樽の影響を受ける前の素の声を、グラスのなかでお確かめいただけます。
| | | |---|---| | 製品名 | シングルモルト ニューポット 2026 | | 容量 | 120 ml | | アルコール分 | 63 度 | | 数量 | 国内 1,500 本限定 | | 小売価格 | 2,970 円(税込) | | 発売開始 | 2026 年 5 月 11 日(月) |
香り 芳醇な麦芽香が力強く立ち上がり、こんがり焼いたパンやチーズクラッカーを思わせる香ばしさが幾重にも重なります。やわらかなミネラル感に、穏やかな花蜜の甘やかさが寄り添います。
味わい 瑞々しく生き生きとした口当たりで、爽やかな果実の甘みをほのかな酸が引き締めます。味わいの芯には麦芽の存在感がしっかりとあり、ミルクアイスクリームを思わせるクリーミーな風味が全体を丸く包み込みます。質感はオイリーで厚みがあり、かすかな海藻のニュアンスが奥行きを添えています。
余韻 じんわりとした温かみを伴いながら長く続き、ホットワイン、干し梅、クローブを思わせる風味が広がります。さらに、繊細なミネラル感が余韻の終わりまで静かに残り、味わいに骨格と複雑さを与えています。
丹丘蒸留所のウイスキー製造を指揮するのは、台湾出身の主任蒸留士、デイビッド・シェイです。スコットランド・ハイランド地方のエドラダワー蒸留所で蒸留技師として研鑽を積み、その後スペイサイド蒸留所ではマスターブレンダーを務めました。
「ニューポットの製造過程で下す全ての判断は、将来のシングルモルトウイスキーの姿を思い描きながら行っています。いまグラスの中にあるのは、蒸留所が目指す方向性そのものです。ぶどうを思わせる果実の香りと、麦芽の豊かな旨味が、まっすぐに表れること——それが私たちのウイスキー造りの出発点になると考えています。」
丹丘蒸留所は、2025 年 8 月に北海道・東川町にオープンした、全国でも珍しい「公設民営型」の蒸留所です。大雪山国立公園の麓、旭岳の伏流水と自然のなかで、ジンとウイスキーを造っています。
本日同時にプライベートカスクプログラム 2026 のオーナー募集も開始しました。ご自身の樽でウイスキーを育てたい方は、あわせてご覧ください。
平素より丹丘蒸留所をご愛顧いただき、誠にありがとうございます。 このたび、マスター・ディスティラー・ブログ第3号「製麦の真実」を、4言語で公開いたしました。 本号では、主任蒸留士のDavid…

平素より丹丘蒸留所をご愛顧いただき、誠にありがとうございます。
このたび、**マスター・ディスティラー・ブログ第3号「製麦の真実」**を、4言語で公開いたしました。
本号では、主任蒸留士のDavid Hsiehが製麦(モルティング)——畑の大麦を、蒸留所が実際に使える状態へと変える工程——を取り上げます。なぜ大麦は発芽しなければならないのか(目覚める糖化酵素とタンパク質分解酵素)、浸麦と発芽における水分・温度・空気の繊細なバランス、そして手作業のフロアモルティング——「モンキーショルダー」という名の由来——からサラディン方式、回転式ドラムへと至る100年の設備の進化を解説します。さらに、愛好家が最も問う「フロアモルティングは本当にグラスの中身を変えるのか」にも答えます。ポッドキャスト『Whisky for Pros』をもとに再構成しました。
丹丘蒸留所株式会社
平素より丹丘蒸留所をご愛顧いただき、誠にありがとうございます。 このたび、マスター・ディスティラー・ブログ第2号「なぜ大麦なのか?」を、4言語で公開いたしました。 本号では、主任蒸留士のDavid…

平素より丹丘蒸留所をご愛顧いただき、誠にありがとうございます。
このたび、**マスター・ディスティラー・ブログ第2号「なぜ大麦なのか?」**を、4言語で公開いたしました。
本号では、主任蒸留士のDavid Hsiehが、ふだん当たり前とされている問い——なぜスコッチシングルモルトは大麦から造られるのか——を取り上げます。デンプン含有量、天然のろ過層となるハスク(麦殻)、糊化温度、そして大麦麦芽が自ら持つ酵素という4つの物理的な理由から、大麦がスコッチの中心にある理由をひもときます。さらに、蒸留所が一枚の納品書とPSYという数字をもとに、実際にどのように麦芽を選んでいるのかにも触れています。ポッドキャスト『Whisky for Pros』をもとに再構成しました。
丹丘蒸留所株式会社
平素より丹丘蒸留所をご愛顧いただき、誠にありがとうございます。…

平素より丹丘蒸留所をご愛顧いただき、誠にありがとうございます。
このたび、丹丘蒸留所の「マスター・ディスティラー・ブログ」を公開いたしましたことを、謹んでお知らせ申し上げます。本ブログでは、丹丘蒸留所の主任蒸留士デイビッド・シェイが、蒸留士の視点から、ウイスキーの歴史や製造工程、そして業界の現状についてお届けしてまいります。
創刊号となる第1号記事は、「オーク樽の真実」。ウイスキーの味わいの半分以上を決定づける器、オーク樽をテーマに、オークの樹種や樽の分類、そして「シェリー樽」の歴史を静かに塗り替えたスペインの輸出禁止措置までを読み解きます。デイビッドのポッドキャスト『Whisky for Pros』をもとに再構成した記事で、日本語・英語・繁体字中国語・韓国語の4言語でお読みいただけます。
丹丘蒸留所株式会社


